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長崎地方裁判所 昭和61年(ヨ)137号 決定

債権者

坂井東大

右訴訟代理人弁護士

石井将

服部弘昭

債務者

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

村田利雄

杉田邦彦

右訴訟代理人

荒上征彦

蘭勝美

滝口富夫

増元明良

中川信行

主文

一  債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は債権者に対し、昭和六一年九月二日から本案訴訟第一審判決言渡に至るまで、毎月二〇日限り各金二一万五三〇〇円を仮に支払え。

三  債権者のその余の申請を却下する。

四  申請費用は債務者の負担とする。

理由

一  債権者は、主文第一項と同旨及び債務者は債権者に対し、昭和六一年九月二日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り金二四万二六一〇円を仮に支払え、との裁判を求め、その理由として、

1  債権者は、昭和三六年四月一日債務者の職員となり、後記懲戒免職処分当時は同駅構内指導係として勤務していたものであり、国鉄労働組合(国労)門司地方本部長崎県支部長崎駅連合区分会に所属し、同支部執行委員、書記長等を経て昭和五二年一二月から右連合区分会執行委員長の地位にあった。

2  債務者は、債務者九州総局局長を総裁代理として債権者に対し、昭和六一年九月一日付で日本国有鉄道法三一条により懲戒免職に処するとの処分を発令し(以下「本件処分」という。)、通知した。

3  債務者は、本件処分の理由として、債権者が、

(1)  昭和六一年四月二六日一四時二四分ころ、長崎駅輸送本部において、鉄屋幸男首席助役及び西依正博庶務助役を前にして、「規則どおりしとらんちゃ何か言うてみろ。」、「お前知っとろうが。」などと大声を発した、

(2)  同年五月七日二二時一一分ころ、同駅構内詰所において、鉄屋首席助役に対し、「黙っとれ、何ば言いよっとか。」などと言い、その後食堂前において「何ば言いよっとか、黙っとれ。」などと大声を発し、その左胸襟をつかんで引っ張った、

(3)  同年六月二日一四時二二分ころ、同駅客転詰所において、西依庶務助役に対し、「何ばすっとか。」と言ってその右手首を約二分間つかんだ、

(4)  同月三日九時一二分ころ、同駅構内詰所横の食堂において、鉄屋首席助役に対し、「のぼせた真似するな。」などの大声を発した、

(5)  同年七月一日一二時四四分ころ、同駅構内詰所横の食堂において、西依庶務助役に対し、「何ば言いよっとか。」と大声を発し、蟹の食べがらを投げつけ、その身体を押して長椅子の上に倒した、と主張し、これは懲戒処分事由である、職員として著しく不都合な行為があった場合に該当するというものである。

4  しかしながら、本件処分の理由とされた右の事実はいずれも虚構ないしは誇張であり、または正当の理由に基づくものであって、職員として著しく不都合な行為にはもとより該当しない。すなわち、

(1)については、鉄屋、西依両助役が、当日一四時二五分ころ、債権者の同僚である瀬崎源勇に対し、昭和六〇年一一月一三日に発生した貨車のホース破損による貨物列車の発車遅延が同人の作業ミスによるものであることを理由とする訓告処分の発令通知の通告をなしたため、居合わせた債権者ほか数名が両助役の後を追って輸送本部に赴き、在室の両助役に対し、一〇分足らずの間、右事故が瀬崎の作業ミスとはいちがいには断定できず処分は不当であることを指摘するとともに、右処分の理由について説明を求めたにすぎない。

(2)については、当日は債権者は休暇中であったが、かねて長崎駅当局は職場環境整備と称して第二運転詰所内の職員の私物を無断で持ち去ったり、ロッカー室のロッカーを無断で開錠して私物の点検をするなどの違法行為を連日にわたって実施していたため、分会執行委員長としてその実態を実地に検証するべく、第二運転詰所に赴いたところ、参集していた鉄屋、西依両助役ほか一〇名内外の管理者により、腕をつかまれたり、引っ張ったり、背中を押されたりして退去を強いられた。このように多数の管理者に取り囲まれた状態で鉄屋首席助役の胸襟をつかんで引っ張るなどできるはずがなく、この処分理由は事実無根である。

(3)については、当日債権者が客車入れ換え担当転てつの徹夜勤務を終えて待機場所である客転詰所に戻ったところ、西依庶務助役ほか数名の管理者が入ってきていきなり詰所内の点検を始め、棚の上の新聞雑誌類を取り上げ、そのうち債権者の「青年の声」という印刷物を持ち去ろうとしたため、これを返すよう求めたが、同助役が執拗に持ち去ろうとしたので、これを制止するため左手で同助役の右手をつかんだものであり、同助役の常軌を逸した行動を常識の範囲内の行為により制止しようとしただけであって暴力行為とのそしりを受けるべき筋合いのものではない。

(4)については、かねて駅管理者らが、職員が休憩中の第二運転室横の食堂に闖入して職員のカバンや紙袋などの私物を勝手に開けてかきまわし、在中の書類などを持ち去る事例が続出していたところ、当日も鉄屋首席助役が同食堂内において職員の紙袋などをかきまわしたうえ持ち去ろうとしたため、在室していた債権者の同僚である重野征太、川村清らがこれを制止する発言をしたが、債権者自身はなにも発言しておらず、右処分理由は事実無根である。

(5)については、債権者は、当日昼の休憩時間に右食堂内において同僚らと食事をしながら雑談していたところ、西依庶務助役ほか一名が入室してきて休憩室の畳の上の新聞などを持ち去ろうとしたうえ、右同僚らのバッグ、弁当袋などを勝手に開けてかきまわし始め、同僚らの抗議を無視してなおも右行為を継続したため、余りにも常軌を逸した同助役の所為に耐えかねて、食事中でもあり、私物を勝手に扱うのもいいかげんにするように申し向け、その際、手に持っていた蟹の足の食べがらを前方のゴミ箱に投げ入れるべく放ったことはあったが、同助役に投げつけたものではない。その後、債権者は席を立ち同助役に近づいて抗議し、折から田口輸送助役が入室して債権者と西依助役との間に割って入り、双方の胸を押し離そうとしたところ、その勢いで西依助役は傍にあった長椅子に座りこむ形となった。債権者が同助役に対して暴力を振るった事実はない。

5  仮に、債権者に若干の落度があったとしても、これは懲戒免職という極刑をもって処断しなければならないほど悪質かつ重大な非違行為というには該らず、また、日常的に職員の私物を勝手に持ち去り、故意に職員の休憩を妨げ、挑発的言動を反復した管理者側の行為を不問に付して、一方的に債権者の行為のみを過大に非難するものであり、更に同様の行為をした同僚職員らに対する戒告、訓告の処分に比して著しく均衡を失しており、使用者としての裁量の範囲を逸脱した懲戒権の濫用による処分というべきであるのみならず、分会執行委員長の地位にある債権者の組合活動に対する嫌悪に発し、債権者を中心に団結している分会の弱体化を意図した恣意的処分であり、無効である。

6  債権者は、債務者から支給される賃金(昭和六一年四、五、六月の平均月額金二四万二六一〇円)によって妻と四人の未成年の子の生計を維持してきたものであり、本件処分によりこれを断たれ、さしあたり他に収入を得る方途を持たない。

7  債権者は、現在労働契約存在確認等の本案訴訟の提起を準備しているが、本案判決の確定を待っていたのでは回復し難い損害を被るおそれがある。

と述べた。

二  債務者は、本件仮処分申請を却下するとの裁判を求め、申請の理由に対し、

1  第1項中、債権者が、昭和三六年四月一日債務者の職員となり、後記懲戒免職処分当時は同駅構内指導係として勤務していたこと、国鉄労働組合(国労)門司地方本部長崎県支部長崎駅連合区分会に所属し、本件処分当時右連合区分会執行委員長の地位にあったことは認めるが、その余は不知。

2  第2、3項はいずれも認める。

3  第4項については、後記債務者の主張に反する部分は否認し、その余は認める。

4  第5項は争う。

5  第6項中、債権者が家族と同居していることは認め、その余は不知または争う。債権者の本件処分当時の月額賃金は、基本給二〇万六三〇〇円、扶養手当九〇〇〇円の合計二一万五三〇〇円である。

6  第7項は不知または争う。

と答弁したうえ、次のとおり主張した。

1  債権者に対する本件処分の事由に該当する事実は以下のとおりである。

(1)  昭和六一年四月二六日の行為

同日八時三〇分からの長崎駅輸送本部における点呼の終了後、同駅輸送総括助役田口大策は同駅構内指導係瀬崎源勇に対し、前年一一月一三日の車両破損事故の件につき処分通知をするので、首席助役のところに出頭するよう通告したが、同人はこれに従わなかったため、田口助役は構内詰所において更に右瀬崎に対し右指示を繰り返したところ、居合わせた債権者がこれを妨害する発言をした。

やむなく、鉄屋首席助役及び西依庶務助役は、同日一四時二二分ころ、右構内詰所において瀬崎に対し、処分発令の通知をする旨通知し、訓告書を読み上げたうえこれを同人に交付しようとしたところ、債権者ほか数名が「取り消せ。」などと大声でどなり、室内は騒然となった。

同日一四時二五分ころ、債権者を先頭に七、八名の職員が輸送本部に押しかけ、鉄屋首席助役に対し、債権者は「規程どおりしとらんちゃ何か言うてみろ、お前知っとるか。」などと大声でどなり、これに同調した他の職員も口々に大声を上げ、同助役らの業務を妨害したため、西依庶務助役は債権者らに退去するよう命じたが、債権者らはこれを無視して同日一四時三三分ころまで、大声で暴言、罵声を浴びせ続けた。

(2)  同年五月七日の行為

同日二二時一一分ころ、当日は公休の債権者が私服姿で構内詰所に入室したが、勤務者以外の者が勝手に詰所に入ってはならないこととなっているため、鉄屋首席助役は債権者に対し退去するよう命じた。しかし、債権者はこれに従わず、詰所内の二階などをのぞいて回るなどしたので、再度退去するよう申し向けたが、債権者は「何ば言いよるか、黙っとれ。」と大声で怒鳴り返し、同助役において国鉄職員にあるまじき右言動を注意したところ、債権者は「こっちへ来い。」と大声でわめくと同時に同助役の左胸の襟をつかんで組合分会事務所の方向にむりやり引っ張ろうとし、約六メートル引っ張ったところでやっと手を離した。

(3)  同年六月二日の行為

同日一四時二〇分ころ、西依庶務助役ほか二名の管理者は職場点検のため第二転てつ詰所に赴き、居合わせた債権者ほか二名に対し、同詰所内の棚に雑然と置かれていた新聞紙、週刊誌、シャツなどを片付けるよう指示したが、債権者らはこれを無視したので、同助役らは自らこれを片付けようとしたところ、債権者はそのうちの「青年の声」という組合紙について自分のものである旨述べたため、同助役は詰所にこのようなものを置いてはいけない旨注意したうえ、これを債権者に返した。ところが、債権者は「人のものを勝手に取るな。」と言いながら、右組合紙を再び棚の上に放り投げたため、同助役は再度ここに置いてはいけないと注意しながら、これを撤去しようとしたところ、債権者は「何ばすっとか。」と怒鳴っていきなり立ち上がり、同助役の右手首を右手で強くつかみ、同助役が痛いから離すよう訴えたにもかかわらず、「これは俺のものだ、名前を書いとろうが。二四時間勤務だからここにしか置かれんだろうが。」などと言いながら約二分間離さなかった。同助役の手首には債権者からつかまれた跡がはっきりと残るほどであった。

(4)  同年六月三日の行為

同日九時一二分ころ、鉄屋首席助役は構内詰所横の食堂の机の上にシャツが乱雑に放置されたままになっているのを発見し、これを手に取ったところ、これを見ていた債権者は同助役に対し、「のぼせた真似をするな。人のものを勝手に取るな。泥棒みたいに。」と大声を出し、更に同助役が付近にあった紙袋の中をのぞきこんだところ、債権者は突然立ち上がって、「のぼせたことをするな。」などと怒鳴りながら同助役につかみかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。債権者は同僚職員に肩をつかまれて制止された後も、同助役に対し、「あんまりのぼすんなよ。馬鹿たれが。わいはいいかげんにしとけよ。」などと大声で暴言、罵声を繰り返し、そのようなものの言い方はしないように注意した同助役に対しなおも、「何を言うか、泥棒のような真似をしよって、この馬鹿が。」と罵詈雑言を浴びせた。

(5)  同年七月一日の行為

同日一二時四六分ころ、西依庶務助役は構内詰所内の食堂において、休憩室入口に選挙関係の書類が散乱し、机の上に置かれた鞄から組合の書類がはみ出していたため、これを片付けるよう食事中の債権者らに注意したところ、債権者は「うるさか。飯も食われんじゃっか。人の鞄に勝手に触るな、泥棒みたいに。」などと大声で怒鳴りつけ、他の職員らも同助役に対し口々に野次、怒号を浴びせて騒然とした雰囲気となり、興奮した債権者はいきなり立ち上がりざま、皿の上にあった蟹の足を約一メートル離れた同助役めがけて力一杯投げつけた。同助役がとっさにこれをよけたため、身体には当たらなかったが、債権者はなおも「あんまりのぼすんな。人の飯の時間を邪魔しとって。」と怒鳴りながら、血相を変えて同助役に詰め寄り、横に立っていた田口輸送総括助役を押しのけるとともに、右手を直角に曲げて西依庶務助役の胸のあたりを強く押したため、同助役は長椅子の上に横倒しとなった。債権者は同僚職員に抱きとめられて制止され、元の席付近に戻ったが、なおも「休憩時間に何ばするとか。飯も食わさんで。」などと怒号し、その後も「あんまり権力をかさにかけるなよ。」などと大声を出しながら同助役につかみかかる姿勢を示し、不祥事を懸念した同僚職員に制止された。

2  右のとおり、管理者に対し再三にわたって業務妨害、暴言罵声を浴びせる行為を繰り返したのみならず、襟をつかんで引っ張り、押し倒し、蟹の食べがらを投げつけるなどの暴力を行使した債権者の行為は社会常識に照らしても著しく常軌を逸した悪質なものであり、全職員が一丸となって国鉄再建に取り組み、職場規律の確立のため全力を傾注している中で平然と規律を乱す行為を行ったものであって、右行為は日本国有鉄道就業規則一〇一条三号所定の「上司の命令に服従しない場合」、同条一五号所定の「職務上の規律を乱す行為のあった場合」、同条一七号所定の「その他著しく不都合な行為のあった場合」に該当する。

そこで債務者は債権者に対し、日本国有鉄道法三一条一項に基づき懲戒免職処分の事前通知をしたところ、債権者から異議申立がなされ、昭和六一年八月八日、弁明弁護手続が行われたが、事実誤認は全く認められなかったので、同年九月一日付をもって本件処分を発令したものである。

三  よって検討するに、

1  申請の理由第1項については、債権者の組合役職歴の点を除いて当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、債権者は昭和四六年一二月に長崎支部青年部長、四七年一一月に長崎駅連合区分会書記長、四八年一〇月に長崎支部書記長、四九年一〇月に同支部教宣部長、五〇年一一月に長崎駅連合区分会執行委員、五二年一二月からは同分会執行委員長となって現在に至っていることが認められる。

2  同第2、3項についてはいずれも当事者間に争いがない。

3  同第4項の本件処分事由の存否、同第5項の本件処分の効力の如何については後述のとおりである。

4  同第6項については、(証拠略)によれば、債権者の家族は妻と一六歳の長女、一五歳の次女、一四歳の三女及び一二歳の長男の四人の就学子であり、債務者の提供する住宅に居住し、妻は看護婦として月額手取り約一三万円の収入があり、これと債権者が債務者から受ける給与(基本給二〇万六三〇〇円、扶養手当九〇〇〇円のほか、昭和六一年六月には休日給三四五八円、夜勤手当四二七五円、特勤手当三五五〇円、通勤手当二〇〇〇円などの支給を受けている。)により生計を維持していることが認められる。

5  第7項の保全の必要性については後述のとおりである。

四  本件の争点は結局、本件処分の根拠たる事由の存否及び右事由に対し債務者が懲戒免職処分をもって処断したことの当否というところにある。

1  まず、本件処分事由である債務者の主張第1項(1)ないし(5)(以下単に(1)ないし(5)の番号のみにより表示する。)掲記の各事実については、その日時場所などの基本的な事実の経過、各当時における債権者の言動及び鉄屋、西依両助役をはじめとする債務者側管理者らの対応のおおまかな部分に関しては、双方当事者の主張は概略において一致しており、これと(証拠略)を総合すると、(2)のうち、債権者が鉄屋助役の襟をつかんで引っ張ったこと、(4)のうち、債権者が同助役に対して「のぼせた真似するな。」という大声を発したこと、(5)のうち、債権者が西依助役に対して蟹の食べがらを投げつけ、その身体を長椅子の上に押し倒したことを除いて、右(1)ないし(5)の各事実はおおむねこれを認めることができる。

しかし、右除外した債権者の各行為の有無については、疎明資料として提出された両当事者側の関係人らの各陳述書の内容は互いに対立して帰一するところがなく、いずれも緊迫した労使の対立場面において発生した、軽微で(身体や器物等の損傷が発生し、あるいはそのおそれがあったことを認めるべき疎明資料はなく、債務者が主張するとおりの債権者による有形力の行使があったと仮定しても、これらが社会通念上暴力行為と評価しうるかは疑問である。)、短い時間になされた行為に関するものであるうえ、後記のとおりの対立関係からして双方とも相手方に不利な部分を誇張し、自己に不利な部分はあえて看過することは十分ありうるところであることからすると、いずれに信を措くべきかはにわかには断じ難いうえ、信頼できる中立的第三者の供述や物的証拠が提出されていない以上所詮は水かけ論に終わり、結局債権者が右各行為をなしたことを疎明資料により認定することはできないといわざるをえない。

なお、(3)の事実のうち、債権者が西依助役の手首をつかんだことは争いがないが、それが債務者の主張するとおり同助役等に苦痛を与えるほど強い力をこめてなされたものであることは、これにそう同助役等の陳述書の記載はあるが、主観的要素に関わることがらであって客観的な裏付けを欠くうえ、表現が不自然に一致していることに照らして直ちには措信できず、他にこれを認めるに足りる資料はない。

2  ところで、職場内において上司に対し、それ相当の理由もなく罵詈雑言を浴びせて反抗し、ことさらにその命令に従わないことは、通常の職場環境や個別労働関係における指揮命令系統を前提とする限り、著しく職場及び企業の秩序を乱す行為であり、これが度重なり反省の態度が見られないときには、極刑たる懲戒免職処分に付することもまたやむをえない場合があると考えられる。

しかしながら、使用者と労働組合との利害が鋭く対立する集団的労使関係においては、使用者ないし使用者側管理者に対する労働者の対応が時に節度を失し、穏当さに欠けるところがあったとしても、使用者側の対応の如何によってはいちがいに非難できない場合があり、前掲各疎明資料によっても窺えるとおり、本件事案に至るまでの債務者国鉄と債権者の所属する国労との対立関係は長期にわたり継続し、かつ深刻であって、特にいわゆる分割民営化問題が生じた後は更に先鋭化していたものであるうえ、労働関係に関して現場で生起する諸問題を労使で協議すべき団体交渉が機能していなかった(昭和五七年に現場協議制度が廃止された。)ということもあって、双方とも硬直した対応を繰り返し、対決姿勢を強めあいこそすれ、これを解消する方向への努力はなされることがなかったものであり、とうてい正常な労使関係、職場環境が維持されていたということはできず、したがって前記のような通常の場合における懲戒処分に関する裁量権行使の基準が必ずしも妥当するとはいえない。

3  そして、本件事案も右の対立関係を背景として生じたものであり、前記のとおり認定しうる限りにおける事実関係によれば、処分事由の(1)については、債権者をはじめとする組合員らにおいて、作業ミスを理由とする同僚組合員に対する債務者の処分に納得し難い点があるとして長崎駅における債務者側幹部管理者に説明を求め、その対応を不満としてこれに抗議したものであり、右処分の事由が日常の作業手順ひいては車両運行上の安全に関するものであることを考えると、債権者らの行為もこれを正当と評価する余地が全くないではなく、既に決定した事項であるからとして一切取り合わなかった債務者側管理者らの態度に問題がなかったとはいえない。(2)については、前述のとおり中核的処分事由である有形力の行使の事実は認められず、したがって残るのは、分会執行委員長である債権者において、非番中に職場に赴いて債務者側管理者らの行動(債権者はこれを国鉄労働者が勝ち取ってきた権利に対する債務者当局の攻撃・弾圧行為と考えていたことが認められる。)を検分しようとし、退去を求められたが直ちにはこれに応じなかったということだけのことであり、(3)については、債権者において西依助役の手首をつかむという有形力を行使したことは認められるものの、(4)及び(5)における債権者の言動と同様に、債務者側管理者らの職場点検、環境整備と称する、債権者ら職員の目前における私物の点検、撤去という行為に誘発されたものであって、管理者らの右行為が、一般利用客との応接の施設や安全保持上整理整頓を旨とする場所ではなく、食堂など本来労働者が休憩し、私物の保管などについてもある程度自由になされるべき施設、場所においてなされた点で、その必要性についてはいささか疑問を禁じえないのみならず、債権者ら職員に有形無形の圧迫感を与え、反発を煽る性質のものであったことは否定できない(これに対して、債権者らが右場所等に私物を放置する傾向があり、片付けるように言われてもことさらに無視する態度を示したことが認められるのであり、双方とも如何にも大人げない態度というほかないが、それだけ両者の対立関係が根深く、かつ陰湿であることを如実に示すものということができる。)。

4  以上のとおり、本件処分の事由とされた事実を全体としてみると、債権者による故なき一方的な暴言、反抗等の攻撃があって、鉄屋、西依両助役らが専ら被害を受けたという図式は成立せず、右当事者らを含む労使の対立関係が継続し、深刻な敵対感情が醸成されてきた中において、双方ともいたずらに挑発し反発し合い、互いの依って立つ立場と人格に対する理解と尊重を失念したばかりか、むしろこれを否定し蔑視し合う言動に終始し、低次元における不毛の紛議、紛争をことさらに過熱させたところがあるのであり、国鉄という公共企業における職場のあるべき秩序を無用に混乱させた点では、双方とも同等の責任があるといわざるをえず、その過程において発生した債権者の側の不穏当な言動のみをとらえて、債務者が専有する最も強大な懲戒処分権を行使することは、いかにも不均衡、不公平の感を免れない。

このことと、前記のとおり債務者が本件処分を選択する根拠となった事由のうち最も情が重いと考えられる債権者の諸行為の存在が疎明資料上認定できないこと、その他一切の事情を総合勘案すると、債権者に対する懲戒免職処分をもってした債務者の処置は、債権者の過去の懲戒処分歴(疎明資料によれば、昭和五〇年に上司に暴力を振るい、傷害を負わせたとして停職三か月、その後九回にわたり、組合活動の指導による戒告、減給処分及び訓告を受けたことが認められる。)を考慮してもなお重きに失するといわざるをえない。

5  以上の次第であるから、本件処分が懲戒処分に関する債務者の裁量権の濫用に該当し、無効であるという債権者の主張は一応理由があると認められる。

四  次に、保全の必要性については、前認定のとおり債権者及びその家族の生計は大半を債権者が債務者から受けていた給与に依存していたことに照らし、債権者が債務者の職員たる地位を否認され、給与の支払を受けられないとすると、正当な権利の実現のため本案訴訟を追行することさえ危うくなり、回復し難い損害を被るおそれがあるものと認められることができる。

したがって、債権者が債務者に対し雇用契約上の地位を有することを仮に定めたうえ、本件処分の翌日である昭和六一年九月二日から本案の第一審判決言渡に至るまでの間に限り、債権者が本件処分当時受けていた月額金二〇万六三〇〇円の基本給及び金九〇〇〇円の扶養手当の合計二一万五三〇〇円の仮払を命じるべき必要性があると認められるが、その余の申請部分は保全の必要性を欠き、かつ保証をもってその疎明に代えるのも相当でないと認められる。

五  よって、債権者の本件申請は、主文第一、二項の限度で理由があるからこれを認容し、その余はこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 池谷泉)

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